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「今さら、できっこない」をやらなくちゃ。46歳、福島県郡山市移住という小さな挑戦

「今さら、できっこない」をやらなくちゃ。46歳、福島県郡山市移住という小さな挑戦

皆さま、こんにちは。そしてこんばんは。CCOまどかです。

今回は「移住でウェルビーイング」第2回をお届けします!

初回の「CCOまどかの移住でウェルビーイング」では、福島県須賀川市の「きうり天王祭」に出かけた日のことを書きました。

知らない土地へ出かけ、時には伝統行事に参加し、文化に親しみ、そこで新しい人と出会う!

移住してからは、そんな「思いがけない偶然や出来事」を楽しむウェルビーイングな機会がとても増えました。

福島県郡山市へ移住したての12月。イルミネーションで彩られていた郡山駅前にて(写真:遠藤 靖)

けれども、決して最初からこんなふうだったわけではありません(笑)

今回は、少し時間を巻き戻して、そもそも

「なぜ私が福島県へ移住することになったのか。」

移住のきっかけと経緯について、ウェルビーイングの観点も交えながら、お伝えしたいと思います。

私が移住を決めた理由

人生で先延ばしにしてしまってきたもの

誰にでも「人生で先延ばしにしてしまってきたもの」があると思います。

そのことに向き合うのは、しんどいし、面倒くさいし、とってもパワーのいることです。

私にとって「人生で先延ばしにしてしまってきたもの」。それは……

生まれて初めて、「一人暮らしをする」ということでした。

***

私はひとりっ子の実家暮らし。

2018年に『番組づくりから人づくりへ』を「マイ理念」として掲げ、前職のケーブルテレビの会社を退職。グラフィックレコーディングとコーチングを掛け合わせた「グラレコーチング®︎」という対話の技術を開発しました。

その後、うるちゃん(漆間 聡子)と出会い、B-nO Consultingで活動を始めたのは、コロナ真っ只中の2020年。

前例のない新しい技術を使って組織開発をやりたい。

そんな仕事がどこにあるのかも分からない中、オンラインでワークショップを開いたり、本を読み漁ったり。

「いま、できることはやっておこう」

仕事については、とにかくがむしゃらでした。

「出ていきなさい」

その一方で、生活はというと……

会社員時代は家事を祖母に任せ、祖母が施設に入ってからは母任せ。

先回りしてやってくれる人がいる。そのありがたさを、どこかで「当たり前」にして、何十年も生きてきてしまったのです。

***

そんな私と母の関係が、大きく変わり始めたのは2022年。

母に初期の肺がんが見つかりました。

幸い手術で取り除くことができ、今は昔とほぼ変わらず生活しています。

けれど、70代半ばを迎えた母が病気をきっかけに、自分のこれからを考えた時、お気楽な一人娘を見て思ったのでしょう。

「この子……このままじゃダメだ」

元々仲の良かった私たちでしたが、気づけば大きな喧嘩が増え、うるちゃん曰く「言葉の殴り合い」をする親娘に…

そしてある日、母から言われました。

「出ていきなさい」

ずっと先延ばしにしてきた「一人で暮らす」という現実が、いよいよ私の目の前にどーーーんと立ちはだかったのです。

仲間の存在…移住先を福島県に!

生まれて初めて真剣に、一人暮らしを考える

これはもう年貢の納め時。。。

「ちゃんと考えよう…考えたほうがいい」

流石に今回ばかりはそう思いました。

そんな訳で、私は(お恥ずかしながら…)生まれて初めて、一人暮らしをすることを真剣に考え始めました。


***


とはいえ、東京で新しく一人暮らしをするとなると…家賃も高い(泣)

(そもそも、実家で散々好き放題やってきた私に、今更一人暮らしなんてできるんだろうか?!)

不安は募るばかり…

そ、そうだ。こんな時は、経験者に話を聞こう!!

…当たり前ですが、この歳になれば一人暮らしをされている大先輩たちは周りにいくらでもいます(笑) 

さっそく同じような境遇で、一人暮らしを始めた親友をはじめ、相談できそうな人たちに連絡をとりました。

東京以外という選択肢

相談を重ねていくうちに、

「思い切って、地方へ移住するのはどう?」

というアイデアをもらいました!

(でも初めての一人暮らしで、地方へ移住…ハードル高そう?!)

と思いつつ、あまり自分に制約を設け過ぎず「東京以外という選択肢」も視野に入れ、自由に発想してみることにしました。


***


静岡には知り合いもいるし、何より温かい、大好きな海も温泉もある。

小田原も良いかも…温暖な気候だし、東京との行き来もしやすい。

リモートで出来る仕事だし、思い切って奄美大島へ行っちゃおうか〜♬


視野狭窄に陥っている時だからこそ、お気楽モード全開(笑)
リラックスしながら、住んでみたい場所を頭の中に並べていきました。


けれども、

色々考えているうちに、一番大事なことに気がつき始めました。

やはり私にとって一緒に仕事をしている仲間の存在は大きい。

「そんな仕事、一体どこにあるんですか?!」

と、言われ続けてきた、あの頃を経て、

せっかくここまで続けてきたのだから、

やっぱりビーノの仕事に、もっとちゃんと向き合いたい。


そんな一番大事なことに気づき始めた瞬間、ふと浮かんできたのが福島県への移住でした。

「その話、軽く受け取れないんだけど」

福島県郡山駅の近くには、ビーノの郡山オフィスがあります。

そして、りゅうちゃん(鈴木 龍京)、くまくん(熊谷 英訓)という福島県在住のビーノメンバーがいる!


(ここなら、今の仕事を続けながら新しい暮らしを始められるかもしれない…)


9月に入った頃、うるちゃんに、その話をしました。

すると返ってきたのが、

「その話、私はあんまり軽く受け取れないんだけど」

という言葉でした。



実家を出る。

46年間暮らした東京を離れる。

今思えば、それが私にとってどんな意味を持つことなのかを、

うるちゃんは私以上に重く受け止めてくれていたのかもしれません。

その関わり方は、まるで家族のよう…

そこから、具体的に物件探しがスタート。

東京にも帰りやすいよう、駅からそれほど遠くないこと。

家賃。部屋の広さ。暮らしやすさ。

仕事はどうするのか。

郡山に住んだら、どんな生活ができそうなのか。

うるちゃんは、一つひとつ一緒に考えてくれました。


***


そして10月。ちょうど二本松市での仕事に合わせて福島を訪れる機会があったため、内見をすることに!

内見には、休日にも関わらず、うるちゃんとりゅうちゃんが付き合ってくれました。

しかも、りゅうちゃんは車を出してくれて、歩けば20〜30分程度の場所にも一軒一軒、連れていってくれました。

(ありがた過ぎる…)


また、内見の合間に時間がある時には、カフェへ。

「どの物件が良かった?」

「生活のイメージはできそうですか? やれそうですか?」

二人の優しく丁寧な関わり方は、まるで、お父さんとお母さんのよう…

(ちなみに、お二人と私、年齢は三つしか変わりません…苦笑)

今思えば、二人が見ていたのは「どの部屋が良いか」だけではなくて

私がその先で、仕事をして、本当に暮らしていけるのか。

そこまで含めて、付き合ってくれていたのだと思います。

そして迎えた2025年11月29日(良い肉の日)

たくさんの人の応援の力を糧に…

そして迎えた2025年11月29日(良い肉の日)。

私は住民票を福島県郡山市に移して、晴れて福島県民となりました。

引っ越し当日には、親友が有休をとって手伝いにきてくれました。

そして、ビーノメンバーのくまくんは、これまた休日にも関わらず車を出して、私と友人をニトリまで連れていってくれて、大きな荷物を運ぶのを手伝ってくれました。

そのほかにも、懇切丁寧に関わってくれた不動産会社さん、ガス会社さん、郡山周辺の様々なお店の店員さんまで…

まだまだ書ききれないほど、たくさんの人の応援の力を糧にして、私は新生活をスタートすることができました。


「スタート当初から、これだけ大勢の人に応援されている人は中々珍しいと思うよ。」


東京に帰る直前。

郡山駅の新幹線乗り場の改札口で、親友がぽそっと言ってくれたこの言葉を、私は生涯忘れないと思います。

私の挑戦は、始まったばかり

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まだすべてが揃っていないから、始められない。

そう考えるのではなく、

「今の自分には、何があるだろう」

「どこまでなら、試しても大丈夫だろう」

と考える。

(「『エフェクチュエーション?』から始まった、今あるものから未来をつくる旅」
:『びのけん日誌』2026年7月27日号より抜粋)
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以前、いま手元にある手段で小さくできることから始め、周りの協力を得ながら新しい価値や未来を作っていく思考法「エフェクチュエーション」をテーマに対話会を開催したことがあります。

いま振り返ってみても、

まず「今の自分には、何があるだろう」

そして「どこまでなら、試しても大丈夫だろう」

周りに協力してもらいながら、この部分を丁寧に考えていったからこそ、

「今更一人暮らしなんて、できっこない」

という「人生で先延ばしにしてきてしまったもの」と、ちゃんと向き合うことができたのだと思います。


起点となったのは、母との関係、自分の年齢、これまでの生活…

どれも見直すには、しんどくて億劫なことばかりでした。

けれども、たとえ自分1人で向きあうことが大変だったとしても、勇気を出して周りに相談してみたり、時には人の力を借りてみる。

そうやって、ちょっとずつ小さな行動を起こし続けていくことで、「できない」「無理」と思っていたことが、できるようになる。

そして、自分で選び、たとえ小さくとも行動を起こしていくからこそ、

新しい仲間や偶然の出会いも生まれ続けていっているように思います。

***

とはいえ、私の挑戦は始まったばかり…

これからも、日々の暮らしの中に小さな幸せや新しい可能性を見つけながら、

ちょっとずつ進んでいきたいと思います。



※『びのけん日誌』は毎月、第2・第4水曜日に更新します。次回は10/14(水)更新予定です。お楽しみに!

終わりに…

ここまで、お読みいただきありがとうございました。
ぜひ、また訪れていただけたら幸いです。


『びのけん日誌』では、これからも

「組織が幸せに働くためのウェルビーイング経営のヒント」

そして、私たち一人ひとりが

「人と人との、ゆるやかで温かな『ウェルビーイングなつながり』を感じられる。」

「自分を振り返って見つめなおすことで、前へ進める。」

「ひとりじゃ向き合えなことも、いま手元にある強みを徹底的に掘り起こして、新しい価値や発想を見つけられる。」

そんなヒントを探究して、発信していきます。

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