コンテンツ  

「掴みどころのなかった“幸せ”が、確かなものに変わるとき」〜ウェルビーイングを“ちゃんと知る”ことで、私たちに起きた小さな変化

「掴みどころのなかった“幸せ”が、確かなものに変わるとき」〜ウェルビーイングを“ちゃんと知る”ことで、私たちに起きた小さな変化

皆さま、こんにちは。そしてこんばんは。CCOまどかです。

ウェルビーイングとは何か?本記事では、ビーノメンバーの対話と学びを通して、その本質をひも解きます。

なんとなく良さそうだけど、うまく説明できない…そんな“掴みどころのなさ”が、少しずつ輪郭を持っていくプロセス。

幸せは偶然ではなく、自分の関わり方で育てていけるもの。その入り口に、ぜひ触れてみてください!

私たちがウェルビーイングを学び続ける理由

ティール組織の先に見えてきたもの〜“ウェルビーイング”とは、何なのか?!

前回の『びのけん日誌』「先にあるのは“個人の幸福感“ 〜ウェルビーイングと“ティール組織“の深い関係性〜」を書き終えたあと、とある一つの感覚が、微かにジワジワと私の中で広がっていました。


それは、タイトルにも含まれるように「まずは“個人の幸福感“が先にあるのではないか」という視点。


そして、一人ひとりのウェルビーイングが高まって「良い状態」が整い、人と人との関係性が自然とほどけていった時、その“結果”として自然に現れてくるのが“しなやかに進化し続ける組織“なのかもしれない!


という確信に近い感覚です。


だからこそ、あらためて浮かび上がってきた問いがあります!!


じゃ、その“ウェルビーイング”とは、何なのか?!


(やっぱり禅問答だぁ・・・)


そんな問いを、改めて持ってしまいました。


しかし、これがベストタイミング!?


実は、ビーノでは、2月からうるちゃん(漆間 聡子)の提案で、「ビーノメンバーのためのウェルビーイング講座」を、メンバー全員で学ぶことになっていたのです。

なぜ、ウェルビーイングをメンバー全員で学ぶのか

うるちゃんが、「ビーノメンバーのためのウェルビーイング講座」を開催しようと思ったそもそもの目的はシンプルでした。


・ビーノメンバーのウェルビーイングを上げたい

・わかりにくい「ウェルビーイング」を自分の言葉で説明できるようになろう!

・めざせみんなで(ポ●モンマスターならぬ?!)ウェルビーイングマスター!!


つまり、「ウェルビーイング」という言葉の理解と解像度を、みんなで底上げすることが目的です。


『びのけん日誌』の読者様の中にも、「そういえば最近、ウェルビーイングって言葉をよく耳にするようになった。でも…」


・いざ説明しようとすると、意外と難しい。

・なんとなく良い状態?

・つまり幸せってこと?

・健康とか福祉も含むの?


こんなふうに、感じたことはありませんか?!


人によってイメージがバラバラ。しかも、どこか“ふわっとした言葉”として扱われがちで、少しわかりにくさを感じている方も多いのではないでしょうか。


だからこそ、メンバー全員で腹を据えて、「ちゃんと立ち止まって学んでみよう」ということになったのです。


そして、面白いことに、前述した“ティール組織“を探究したことによって生まれた問いと、「ビーノメンバーのためのウェルビーイング講座」での学びは、まるで示し合わせたかのように、同じタイミングで重なりました…


(まるで、問いに対する“次の一手”のように!)


そしてこれは、「私たち自身の学び」であると同時に、これから組織づくりに向き合う多くの方々にとっても、きっと同じように立ち上がってくる問いなのではないかと感じています。


というわけで、「ビーノメンバーのためのウェルビーイング講座」を通して、私たちが感じたことを、この『びのけん日誌』でシェアして行きたいと思います。

ウェルビーイングは“ふわっとした話”じゃなかった!

2月下旬。いよいよ「ビーノメンバーのためのウェルビーイング講座」がスタート!! はじめにうるちゃんが確認したのは、「ウェルビーイングとは何か?」


ウェルビーイングとは、「良い状態」「良いあり方」を指す言葉です。


もともとは1946年、WHOの健康の定義の中で、


「単に病気ではない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に満たされた状態」


として示されたことに由来しています。


さらに2021年には、WHOによって


「ウェルビーイングとは、個人と社会が経験するポジティブな状態」


と定義されました。


ただ正直なところ、ぶっちゃけこの定義、「わかるようで、わかりにくい」と思いませんか?(苦笑)


日本語に訳しても、

・健康

・福祉

・幸福

と、ニュアンスの異なる言葉に分かれてしまいます。


医療の分野では「健康」や「福祉」として。


教育や個人の文脈では「幸せ」や「生きがい」として語られることも多い。


つまりウェルビーイングは、使われる場面によって意味合いが変わる言葉でもあることも、だんだんと分かってきました。


実際メンバーの中から、「ウェルビーイング=幸せってことは、やっぱり宗教とかと勘違いされそうだよね。」という意見も…


だからこそ、「ウェルビーイング経営」を推進する私たち一人ひとりが、この捉えどころのない言葉を、「自分たちの言葉で説明できるようになること」の重要性を、より一層感じたのです。


(ちなみに、うるちゃん「ウェルビーイングの話を10年前にしていた時は、『え? 壺でも売られるの?」 っていう塩対応されたことが少なくなかったとか。


色々なところでウェルビーイングって聞くようになってきたのは、昔に比べると良い時代になったのかも…)

まずは「幸せ・不幸せ」を言葉にしてみた

まずは、「幸せな人ってどんな人?」を言葉にする対話からスタートしました。


この答えが、ビーノメンバーらしく、それぞれ違っていて面白かったです。


エンディ(遠藤 靖)は、「妬み嫉みのない人」
人と比較せず、羨ましさに振り回されないこと。


おかもっち(岡本 浩一郎)は、
「自分の幸せを持っている人」
誰かの基準ではなく、自分なりの幸せを持っていること。


くまくん(熊谷 英訓)は、
「ニコニコしていて、心が安定している人」
感情の起伏に振り回されず、いつも穏やかな状態にあること。


りゅうちゃん(鈴木 龍京)は、
「みんなに憧れられる人」


ちなみに私の回答は「いつも楽しそうな人」
(改めて振り返ってみると、私は“楽しさ”という感覚を、「幸せの入り口」として捉えているのだな〜と思いました)


それぞれ少しずつ視点は違うけれど、どれも“その人なりの幸せのイメージ”が言葉の一つひとつから滲み出ていで、聞いているだけでも興味深い時間でした。


さらに、「不幸せな人ってどんな人?」を言葉にしてみました。


くまくんは、
「人を攻撃してしまうこと」
誰かを傷つけることは、相手だけでなく、自分自身の心の不健康さにもつながっているのではないか。


りゅうちゃんは、
「貧困」と一言。
とても現実的で、重みのある答え。


エンディは、
幸せな人の逆として、「人を妬んだり、嫉妬すること」と返しました。
やはり比較や羨望に心を奪われることは、幸せから遠ざかる感覚と結びついているのかも…


おかもっちは、
「思い通りにいかない状態」と話してくれました。
目標に向かっていても、なかなかうまく進まない。
その停滞感やもどかしさもまた、不幸せの一側面…


そして私は、
「世間が求める幸せを、本当の幸せだと信じて追いかけること」
(自分の軸の無い幸せを追い求めるのって、案外不幸せにつながるのではないか、と感じました…)


このやりとりを通して、ふと感じたのは、


「幸せ」も「不幸せ」も、思っていた以上に“身近で、個人的なテーマだった“ ということでした。

掴みどころのなかった感覚が、少しだけ確かなものへ

「人はどうすれば、より幸せに生きられるのか?」という視点で、幸せを研究する学問「ポジティブ心理学」

「幸せとは何か?」


この問いは、実は心理学の分野でも、長く研究されてきたテーマです。


これまでの心理学は、「不安やうつなどの“心の問題”をどう治すか」という、いわば“マイナスをゼロに戻す”ことに多くの力を使ってきました。


しかしそれだけでは、人が「よりよく生きること」にはつながらないのではないか。


だからこそ、


「人はどうすれば、より幸せに生きられるのか?」


という視点で、幸せを科学的に研究していこうと、ポジティブ心理学が提唱されたのです。


つまりポジティブ心理学とは、単に問題がない状態ではなく、“より良く生きる状態=ウェルビーイング”を探究する学問。


私たちが感覚的に語ってきた“幸せ”や、講義の中で対話してきた「幸せな人ってどんな人?」という問いも、実はすでに、こうした分野で研究され、積み重ねられてきた知見があるのだと知りました。


そして、ウェルビーイングが、こうした研究の流れの中に位置づけられていると気づいたとき、掴みどころのなかった感覚が、少しだけ確かなものへと変わっていくように感じられました。

幸せは “たまたま手に入るもの” ではない

そして講座の中で、もう一つ、ウェルビーイングを「少しだけ確かなもの」として掴みかけることができた瞬間がありました。


それは、「幸せは偶発的に発生するものじゃなくて、意志の力で引き起こすことができる。」


ちゃんと自らの意思で働きかけられるものだよ、と知ったことでした。


うるちゃんの説明では、


「幸福についての研究でも、私たちの感じる幸せには、遺伝的な傾向や環境の影響もある一方で、日々の選択や行動によって変わりうる部分がある、と言われています。


遺伝や環境はすぐには変えられない。


でもその中でも、


“自分の関わり方によって変えられる領域がある”


そう捉えたとき、少しだけ気持ちが軽くならない?!


つまり、幸せは “たまたま手に入るもの” ではなくて、自分自身のあり方や行動の積み重ねの中で、少しずつ育まれていくものなのかもしれないってことなんだよね。


現に、私自身は20年かけて、ネガティブ思考をウェルビーイングに変えてきたからね(笑)」


そして、昔は「ウニのように尖っていた」と告白してくれたうるちゃん!


この瞬間、その場の空気が静かに沸き立ちました(笑)

意図的にウェルビーイングな状態をつくるには?

では、どうすれば意図的に「幸せ」=ウェルビーイングな状態をつくることができるのか。


その問いに対して、うるちゃんが教えてくれたのは、人の「状態」はいくつかの要素が相互に影響し合って成り立っている、という考え方でした。


私たちは普段、「気持ち」や「考え方」に目が向きがちですが、それらは必ずしも簡単にコントロールできるものではありません。


(たとえば、落ち込まないようにしようと思っても、なかなか難しかったりしますよね…)


そんな中で、ひとつヒントになるのが「行動」という切り口。


行動は、自分の意思で選びやすく、比較的すぐに変えることができるものです。


例えば気が滅入りそうになった時、一旦休憩して


・外に出て少し歩いてみたり、軽いランニングをして気分を変えてみる

・お風呂に入るなど全く別のことをする

・上記のように環境が変えられなくても、背伸びをする


まさに、「小さな気分転換」のような、ちょっとした行動は、自ら選んで、すぐにでも実行することができます。


そして、その行動がきっかけとなって、感情や思考にも変化が生まれていきます。

ウェルビーイングは、自分のご機嫌を自分でつくるための道具箱

講座の中で、うるちゃんは、


「ウェルビーイングは、自分のご機嫌を自分でつくるための道具箱」


と教えてくれました。


自分の思考や感情がコントロールできなくなりそうになった時、「自分をご機嫌にできる」アイテムを道具箱の中から取り出し、行動を変化させることで、自分の状態を立て直すことができます。


そうすれば、様々な困難な状況に陥ったとしても、ピンチを乗り越え、人との関係性を良い状態に保つこともできます。


そして、その道具箱の中に入っているアイテムが多ければ多いほど、“ご機嫌で心地よいウェルビーイングな状態” でいられる確率を上げられます。


そんなことを考えているうちに、掴めそうで全然掴めなかったウェルビーイングの輪郭が、ちょっとだけ優しく浮かび上がったような感じがしました。

終わりに 〜自分の感覚を言葉にしていくプロセスの大切さ〜

ここまでお読みくださってありがとうございました!!


最後に、メンバーそれぞれの感想をシェアします。


「やっぱり幸せが先だと思った!」のは、私の率直な感想。


「幸せになろうとするよりも、すでにある幸せに“気づくこと”が大事なのかもしれない」と感じた、くまくん。


また、「これまで抽象的だったウェルビーイングが、科学的に説明できるものだとわかって面白かった」というエンディー。


「自分の言葉で語れるようになるために、こういう時間が必要だと感じた」りゅうちゃん。


そして、「幸せって、気の持ちようなのかな?」という、おかもっち。


どれが正解というわけではなく、それぞれが、それぞれの立ち位置からウェルビーイングを受け取っている。その“グラデーション”こそが、とても豊かだと感じました。


誰かにとっての “幸せ” が、そのまま自分の幸せになるわけではない。


だからこそ、対話をしながら、違いに触れながら、少しずつ自分の感覚を言葉にしていくプロセスが大切なのだと感じました。


その積み重ねが、自分自身の “ご機嫌な良い状態” をつくっていく。そしてそれは、個人だけでなく、組織にとっても。


まさに、一人ひとりの違いが尊重され、それぞれのウェルビーイングが重なり合ったとき、その先に、しなやかに進化していく組織の姿が、自然と立ち上がってくるのかもしれません。


私たちのウェルビーイングの学びはこれからも、続いて行きます。


(※『びのけん日誌』は、4月から第2・4水曜日に更新します。お楽しみに!)


そして、


・うちの会社でもウェルビーイングについて学んでみたい

・組織のウェルビーイングとは何か? 改めて考えてみたい

・閉塞感を打破する「次の一手」がほしい


よろしければ、一度ゆっくりお話しできたら嬉しいです。